大人の休日クラブパス・15,000円で豪華?フルムーンの旅

平成28年1月28日
旅した日:1月25日〜28日
同行者 :T&Y
旅の目的:①上越高田在住の義兄の見舞い②世界遺産富岡製糸場跡見学
イザベラ・バードの足跡を訪ねて『栃木宿』『金谷カッテージ・イン』
見て歩き、最終目的は『金谷ホテル』へ泊まる事


出発2日前から北陸・新潟地方は大雪の予報、Yが心配して兄へ電話すると雪は例年の四分の一程度で積雪量は40cm位との事。
26日、予定通り出発。
東北仙石ライン⇒東北新幹線大宮乗換⇒北陸新幹線上越妙高下車、この間5時間で到着。少々吹雪いていたが義姉が迎えに来てくれる。なんと見舞うべき義兄が運転してきたと云う。元気な姿を観られたので、これで見舞いはお終い。


26日、高田駅から上越妙高駅までキラメキ鉄道で移動、以前は信越線だったのだが北陸新幹線開通後はJRから分離され三セクになったようです。又新幹線に乗り替え高崎まで移動、上信鉄道に乗り換え上州富岡へ。
天気が良く20分ほど歩いて世界遺産富岡製糸場』へ到着。
明治5年建造の大きな木造トラスト・レンガ積構造の工場が先の大戦でも無傷で残っていたとは驚きでした。現在西倉庫が修復工事中で大きな仮囲いで覆われ、外観は見られませんでしたが、別途料金で仮設の内部を見学することが出来ました。驚いたのはこの大きな仮設の覆いでした(長さ約110m、高さ約15m、幅約17m)。しかも冷暖房付で安全快適に修復工事を見学出来る事でした。陽明門の修復工事も同じゼネコンが請け負っていましたがやはり巨大な仮設の覆いが有りました。
遺産の修復工事は大変なお金と時間が掛かるようです。富岡製糸工場の工期は4年、金額4億8千万円と表示されていました。

午後は富岡から上信鉄道⇒両毛線栃木市へ移動、夕暮れが迫っていましたが拡幅された例幣使街道を見て歩く。



27日 イザベラ・バードも見ただろう巴波川沿いの蔵の街を早朝から見学。
そして彼女が泊っただろう宿も見つけ栃木の街を後にし日光へ移動。

JR日光駅から東武日光線に乗り換え上今市で下車、例幣使街道の一部の杉並木を見学。又日光駅へ移動し、バスで東照宮へ。

東照宮は冬場とあって観光客は少なめでした。半分以上は外国人かな?。
生憎、陽明門は修復工事中で見られませんでしたがイザベラ・バードが自慢した
『家康公』の御廟まで250段の石段を休み休み登り拝礼してきました。彼女はここまで上がってきた外国人は私が初めてだろうと自慢していましたが、世が世なら一般の人はここまで近付けないのですが。歩き疲れたので早めに今日の宿、『金谷ホテル』へ向かいました。



フロントの御姐さん曰く、今日は空きが有りましたのでグレードアッブして別館を用意しましたと言う。この建物は昭和10年建造だと言う、外観や内装も洋風で当時としてはハイカラな建物だったのでしょう。白い建物は本館で食事はここで頂きました。
この建物群は文化財に指定されているそうです。
しかし、田舎者には大変不便で別館から本館へ移動するたびに着替えして行かねばならず面倒くさいね。まぁ〜、今回はこのホテルに泊まることが最大の目的でしたので良しとしましょう。そうそう、宿泊費はオフという事で少々安く設定してありましたが、それでもビジネスホテルばかり利用している私の感覚からすれば大変高いものでした。

28日 金谷ホテルの発祥の地を見学するため早めに宿を出てバスで移動。

現在は武家屋敷として保存展示されていますが明治初めの建物だそうで、外国人専用の宿として使われていたそうです。その後手狭になり現在地へ本格的ホテルを建て繁盛したと有ります。イザベラ・バードはここへ宿泊し日光を楽しんだと『日本奥地紀行』に書いています。


1時間程早めに宇都宮に戻り名物の餃子を食べ、お土産など買い帰路に着きました。
4日間好天に恵まれ、心臓の痛みもなく快適な旅が出来ました。これからもバードの追っかけマンを続けたいと思いますが東北縦断、北海道まで足を延ばすのもなかなか大変です。頑張りまーす。